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2008'12.17 (Wed)

Go For Broke!(当たって砕けろ!)

Go For Broke!(当たって砕けろ!)」をモットーに
第2次世界大戦時に活躍したアメリカの歴史に残る英雄達。

大統領から直接授与される米国軍人に送られる最高位である
名誉勲章を全米軍部隊歴史上最多数の18,143個を授与した
日系人のみで構成された部隊、第442連隊

1941年、日本軍の真珠湾奇襲攻撃により
強制収容所生活を余儀なくされた家族を救う為

多くの日系2世達がアメリカへの忠誠の証として
軍隊に志願してアメリカのために戦う道を選んだのだ。
ハワイでは定員の10倍近くにに及ぶ日系人が志願したという。


0773.jpg

442連隊の先駆けとなったハワイ出身の日系人部隊である
第100歩兵大隊は訓練開始と同時に驚異的な記録をあげ続けた。

陸軍の銃機関銃の組み立ての平均所要時間が16秒のところ
彼らが残した平均記録は、なんと5秒。
重機関銃分隊の行進では普通1時間4キロペースのところ、
彼らは1時間5・3キロのペースで8時間歩き続けたという。

0772.jpg

あらゆる面で米軍エリート部隊顔負けの成績を残し
トップクラスの実力を示したのである。


そして歴史的激戦と言われているヨーロッパ戦線モンテ・カッシーノ
ノルマンディーなどで前線に立ち頭角を現していった。


負傷率 97%、死亡率50%という尋常ではない大損害を出しながらも
彼らは尚も進撃を主張し、前線から離れようとしなかった。
負傷者達も直ぐに病院を抜け出し、原隊へと復帰していったという。

それを見かねた上層部が休養を勧めると、彼らは言った。

↓続きを読みたい方は下記をクリック。

【More・・・】

俺達が戦っているのはドイツ軍じゃない!
差別や偏見と戦っているんだ!
それに勝つには命をかけて頑張るしかないんだ!
」と。

他の部隊では救出不可能と言われたドイツ軍に包囲された
テキサス部隊(212名)を死傷者800名を出しながらも救出。
彼らはどんな激務でも不満を口にする事無く達成し続けた。

0774.jpg

第442連隊の活躍によりフランスの地方都市ブリエアが解放。
数年ぶりにナチの圧制から解放された市民達は歓喜したが
自分達を救ってくれた第442連隊の家族が強制収容所にいるという
悲惨な境遇を知ったブリエア市民は彼等のために涙を流した。

ブリエア市民はせめてもの恩返しにと
解放を記念して名付けられた「リベラシオン(解放)通り」から
森へと伸びる道を「第442連隊通り」と改名したのだ。


0771.jpg

森の入り口に建つ記念碑には
国への忠誠とは、人種のいかんに関わらないことを改めて
教えてくれた米軍第442連隊の兵に捧げる。
」と刻んであるそう。

終戦後、第442連隊は時の大統領トルーマンに
ホワイトハウスに招かれ大統領感謝状を授与された。
大統領から直々に受勲されたのは第442連隊だけだった。
そして、大統領トルーマンはその時のスピーチで国民に述べた・・・
諸君は敵だけでなく偏見とも闘い、勝利したのだ。」と。


日本軍の真珠湾奇襲攻撃により、同じ血が流れている
多くの日本人(日系人)が犠牲となった悲劇・・・
戦場で倒れた日系人兵士が死ぬ間際に絞り出した言葉の
殆どが日本語の「おかあさん…」だったという。

Edit |  18:38 |  日系アメリカ人  |  TB(0)  |  CM(8)   このページの上へ

Comment

●承認待ちコメント

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 | 2008年12月21日(日) 15:09 |  | コメント編集

●yさんへ

442です!全然タイプミスに気付きませんでした。ご指摘、ありがとうございました。
akikola(yさんへ) | 2008年12月21日(日) 17:19 | URL | コメント編集

●日系2世部隊

いつも楽しくブログを拝見させて頂いています。

日系2世で編成された442部隊がヨーロッパ戦線へ出兵した際、イタリア、ドイツは、日本人の顔をしているがゆえに、味方と勘違いして隙を見せたりしなかったのだろうかと思ってしまいます。

国のために戦っていながら、休暇で戦線から戻ってくる場所は家族が収容されているキャンプというのが切ないです。

ちょっとマニアックですが、フランスのブリエアへ行ってみたいです。
shinopan | 2008年12月22日(月) 12:41 | URL | コメント編集

●shinopanさんへ

お久しぶりです!私もちょくちょくブログを拝見させて頂いております♪
私、実は恥ずかしながら旦那と結婚するまで、この日系人の悲しい歴史について殆ど知らずにいたのですが、切ないですよね・・・。どんな思いで戦っていたのだろうと思うと悲しいですね。日本人の顔をしているから、敵が油断する事もあったように思います。それも作戦の1つだったのでしょうかね?
ブリエラは私もいつか行ってみたいです!
akikola(shinopanさんへ) | 2008年12月25日(木) 04:24 | URL | コメント編集

●U.S. troops four forty second

そうですよね、戦後の日系人の確固たる地位を築いたのは彼らの活躍によるところが大きいですよね。
モンテ・カッシーノの戦いは有名ですが、彼らがローマに一番乗りで進駐できないのは気の毒でありましたね。
あれだけの功労がありながら。
やはり当時は「差別」と戦うのは大変なことだったでしょう。

というわけで、私、加州丸もHonoluluの陸軍博物館に訪問する度に僅かながらのv-61ドネイションをさせていただいております。
加州丸 | 2009年01月06日(火) 00:39 | URL | コメント編集

●加州丸さんへ

ローマに一番乗り出来なかったのは私も気の毒に思います。当時は色々とあったのでしょうね。でも、彼らはアメリカの歴史を変えた英雄である事に間違いないですから、本当に誇りに思いますし、こうして私がここで苦労なく暮らせるのは1世や2世の方々のおかげだと身に染みて思います。
Honoluluの陸軍博物館にドネイション・・・素敵ですね。私、しなかったです。というか思い浮かびもしませんでした。(恥)次回、私もドネイションしたいと思います!
akikola(加州丸さんへ) | 2009年01月07日(水) 11:14 | URL | コメント編集

はじめまして!日本在住です(LAに住んでみたいなと思っています)。

442連隊の話は高山正之さん、日下公人さんの対談「日本はどれほどいい国か」で知りました。それまでもテレビのドキュメンタリーで少しは知っていたのですが、日系人が不当な人種的差別を受けながらも米国への忠誠を示すために必死に戦ったことを知り、改めて日本人としての誇りを感じると共に、私たち戦後世代が殆どこの事実を知らない事を恥ずかしく思いました。

当時はアメリカ国内でも有色人種と白人が隔離して住んでいるような状況でしたし(戦前、日本人はアメリカを南アフリカのような国と見ていたそうです。公民権運動が60年代ですから)、ベルサイユ条約に人種平等を盛り込むよう訴えた日本が米国と英国の強烈な反対で却下されたりしていました。日米の戦争に人種的な背景があったことは否定できないと思います。

今でもアジア系の人たちに対する偏見はあると思いますが(私たちアジア人の振る舞いにもかかっていると思いますが)、日系人の方々が米国社会で尊敬を得ることが出来たのも1世、2世の皆さんのおかげだと深い尊敬の念を覚えています。

もうご存知かもしれませんが、テキサス親父さんがこの事について述べていますのでよかったら:

Texans in the "Lost Battalion" and the Japanese-Americans

http://www.youtube.com/watch?v=EkKqSEXRc9M

それとこの本も:

日本はどれほどいい国か

http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%82%8C%E3%81%BB%E3%81%A9%E3%81%84%E3%81%84%E5%9B%BD%E3%81%8B-%E6%97%A5%E4%B8%8B-%E5%85%AC%E4%BA%BA/dp/4569701817/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1265648872&sr=8-1

これからもお幸せに!
おれんじ | 2010年02月09日(火) 02:10 | URL | コメント編集

●おれんじさんへ

はじめまして!ブログ訪問、コメントありがとうございました!

日本ではアメリカに住む日系人の歴史を知らない人が多いですよね。私も恥ずかしながら主人と出会うまで殆ど知りませんでした。渡米して日系人と直に接せするようになって、日本に住む人達にも、もっと知ってもらいたいなと強く思うようになりました。

確かに当事は人種差別を受けたのは日系人だけではないですし、今でも人種差別は存在します。ロサンゼルスは移民で溢れているエリアですから、主人も私も一度も人種差別を受けた
事はないですが、白人の多い他州へ行けば差別が存在する事は否定できません。それでもこうして何不自由なく暮らせているのは、本当に日系1世、2世の方々のおかげで、心から感謝しています。

リンク、有難うございました!もっともっと日系人の歴史を伝えられるようになりたいです。
akikola(おれんじさんへ) | 2010年02月09日(火) 09:57 | URL | コメント編集

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